私の実践体験:対話こそが、地球市民としての共通認識を生み、相互理解につながっていく

筆者 原田怜奈さん(ナガサキ・ユース代表団6期生)

プロフィール
長崎大学在学中にナガサキ・ユース代表団6期生として活動、ジュネーブで開催されたNPT(核不拡散条約)再検討会議準備委員会に参加。卒業後、一橋大学国際・公共政策大学院に進学し北大西洋条約機構(NATO)の核共有政策について研究。現在は楽天グループ株式会社に勤務し、国内外の関係者とやりとりしながら事業計画の作成やリサーチ業務に従事している。

今思い返せば、私の人生は人や歴史との対話の連続で、その時々に感じたことや好奇心を追求することで豊かになっていったと感じます。被爆80年を迎える2025年、戦争で亡くなった方々や破壊された街に思いを馳せ、平和に貢献していきたい。その一歩として、私自身が今までどのような「対話」をしてきたのか、いくつかのエピソードを記しておきたいと思います。

原田怜奈さん(本人提供)

私は高校2年生の頃、アメリカの公立高校に約1年間交換留学に行きました。ある日の世界史の授業で第二次世界大戦のトピックが議論されました。アメリカの教科書には「Jap」(日本人への蔑称)、「Kamikaze」(神風特攻隊)、「Banzai」(日本軍による玉砕前提の突撃)といった文字が並び、当時の日本軍がアメリカ軍にとっていかに脅威だったかを目の当たりにしました。日本の授業ではあまり焦点を当てられなかったその内容に衝撃を受けたのを覚えています。

授業中には広島・長崎への原爆投下に関しても言及があり、世界史の先生から「日本に原爆を落としたアメリカを恨んでいるか?」と聞かれました。当時の私は、なぜ自分が生まれる前の人間の行いで現代に生きる人間を恨むのか理解できず「いいえ、その頃私は生まれていなかったから」と答えました。きっと、どの国であっても国家の歴史は教育を通じて国民共通の記憶や認識となり、世界史の先生からの質問のように、それを前提とした会話は日常に存在します。

被爆者の方から、広島・長崎の原爆の話をすると韓国では慰安婦問題を指摘され、アメリカでは真珠湾攻撃を指摘されて何も聞き入れてもらえない、と伺ったことがあります。それも国家の歴史が現代の人々の考えに影響するからでしょう。それでも、互いの歴史を人類共通の過去の惨劇と認識し、私がアメリカ人の先生や生徒とフラットに対話できたのは、地球市民的な視点を持ち様々な意見に耳を傾けることが楽しかったからだと思います。

高校卒業後は長崎大学に進学し、ナガサキ・ユース代表団に参加しました。ユース時代での対話でとくに印象が残っているのは、被爆者の方とのお話です。被爆講和を聞かせていただく機会は今までも何度かあったのですが、ある被爆者のおばあちゃんと話した後、私の手を強く握って、「ありがとう、ありがとう」と伝えていただきました。最初は、思い出すことも辛い体験を話していただいたことにこちらが感謝すべきだと感じましたが、ふと、戦争を知らない若者たちが過去を知り未来のために動こうとしている姿そのものが、被爆者の方々にとっての救いなのだと感じました。彼女との対話を通じて、改めて自分が平和を考え学ぶ意義を認識できたと思います。

それからのユースでの活動は、日本で生まれ育ったいち地球市民として、長崎で学んだ被爆の実相を各地に伝えるべく対話を重ねてきました。ジュネーブでNPT(核不拡散条約)再検討会議準備委員会に参加した際は、会議傍聴だけにとどまらず、各国大使や学生、現地日本人学校の子供たちと交流の機会を持ちました。育った環境や歴史認識の異なる人々との対話を続けるうち、核兵器問題の根深さや複雑さを痛感するとともに、国家ではなく個人レベルで相手を知り相互理解を地道に深めていくことの大切さを学びました。

大学3年生の夏からは、ヨーロッパの核共有政策を研究するためベルギーへ交換留学に行きました。在欧中には旅行も兼ねて色々な国を旅しましたが、とくに印象に残っているのはポーランドのアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を訪問した時のことです。第二次世界大戦中にナチス・ドイツにより最大級の犠牲者が出た強制収容所ですが、私のガイドを務めてくださった方が「ナチスは民主主義的な選挙によって第一党になった。民主主義は、時として独裁よりも恐ろしい政治を生み出す」とおっしゃっていました。

これには賛否両論あるとは思いますが、私にとっては、政治に対する無知や無関心が惨劇を引き起こしうることや、政治の結果を惨劇だと認識する頃にはすでに多くの人々の命が失われてしまうことを突き付けられたような気がしました。絶対的な正解や正義のない世界の中で、多くの土地を訪れ様々な背景を持つ人と対話を重ねた経験は、私にとってかけがえのない財産です。

現在の世界情勢をみると、国家の境界線はより強固なものとなり、対立が深まっているように感じます。2022年から始まったウクライナ戦争は今も続いており、中東情勢も不安定なままです。広島・長崎の平和への想いとは裏腹に、核兵器が使用されるリスクも高まっています。

戦後80年の節目を迎える今、国家の枠を超えた地球市民が集い、平和に向けて対話ができる、そんなプラットフォームが必要なのだと感じます。広島・長崎の被爆を、「人類に対する核兵器の戦争利用」の歴史と捉え、自由に政治を語り合える。そんな対話こそが、地球市民としての共通認識を生み、相互理解につながっていくのだと私は信じています。