コラム 太古からの贈り物

筆者 吉田文彦

プロフィール 東京大学文学部卒、朝日新聞社入社。2000年より論説委員、論説副主幹。その後、国際基督教大学(ICU)客員教授、米国のカーネーギー国際平和財団客員研究員などを経て2016年から長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)教授、2019年から同センター長。主な著書は、『核解体』『証言 核抑止の世紀』『核のアメリカ』『迫りくる核リスク』。大阪大学にて博士号(国際公共政策)取得。

吉田文彦(RECNA)

 
長崎県西南端の野母半島。その先端に、国内でも有数の「高濃度炭酸泉」の温泉があると聞いて行ってみた。確かにお湯は心地よく、大浴場の窓からは「軍艦島」(端島)ものぞめた。それだけでも満足だが、実は入浴前の学びがこのコラムを書くきっかけをくれた。

 大浴場の入り口近くに、大きなマンモスの模造展示がある。説明書きによると、炭酸成分は恐竜時代のものであり、それがマンモスの時代の雨が起源の地下水と混ざって「高濃度炭酸泉」となったとの分析結果が出たそうだ。そういえば長崎市内では、大型恐竜(ティラノサウルス科)の歯の化石が国内で初めて確認されるなど、多種多様な化石が発見されている。この温泉の近くにも恐竜博物館がある。「太古からの贈り物かあ」とちょっと感動しながら、やわらかなお湯を楽しんだ。

長崎市野母町にある「のもん湯」の模造マンモス(吉田撮影)

◎   ◎
帰宅して書斎に入る。温泉でくつろいだひと時から、自分の研究分野に思いが舞い戻る。ある本の一節が浮かんでくる。国際政治や核政策研究の大家だった故ヘンリー・キッシンジャー博士の著書(初版1957年)の末尾近くにある文章だ。核時代における人間の深淵な課題を以下のように問うている(あちこちで引用しているので恐縮だが、ここでも使わせていただく)。

「核時代になって私たちが得た逆説的な教訓の一つは、比類ない力を手にした瞬間、(ヒトが)生存していけるかどうかについての難題を解決できるのは、人間の心(minds in men)でしかないと思い知らされたことである。マンモスと恐竜がたどった運命(適者生存の中での絶滅)は、力だけでは生存競争のメカニズムの中において必ずしも成功しないと警告している」1

核兵器を手にしてしまった以上、ヒトという種が恐竜やマンモスとは異なる道を選べるのかどうかをもっと真剣に考えろ!!。 明言しているわけではないが、そんな進言にも読めてくる。あの「高濃度炭酸泉」が太古からの贈り物なら、人間は何を未来に贈ればいいのだろう、何を贈れるのだろう・・・・と考えているうちに、恐竜つながりでもうひとつの記憶がよみがえった。

◎   ◎
確か1990年のことだった。米国のプリンストン大学の、とある研究室を訪ねた。すると、ドア近くの壁に(新聞の切り抜きと思われる)イラストが張ってあった。よく見てみると、3頭の恐竜の足元に、小さなほ乳動物がいる。地球の平均気温が今より数度高かった大温暖化時代に、毛のふさふさしたこの小動物はいかにも暑苦しく映る。2頭の恐竜はその姿を嘲笑している。でも残りの1頭だけは、小動物をよそに視線を空に向け、舞い落ちる奇妙なもの(=雪)を不安気に見つめている 。2

恐竜絶滅の原因は何か。約6500万年前、巨大いん石が地球に衝突して、火山噴火や巨大な火災を引き起こした。大量のチリなどが発生して地球を覆い、太陽光を遮った。その結果、気候が寒冷化して、恐竜などの多くの種が大量絶滅した――との説が有力だ。イラストの舞い落ちる「雪」はきっと、気候変動の始まりだったのだろう。恐竜が姿を消した後、ほ乳動物が我が世の春を迎えることになる。

もちろん、当時の恐竜の頭脳では未来予測も対応戦略も打ち立てられなかった。でも人間はどうなのだろうか? 空を見上げる1頭のように何かをいち早く察知し、破滅の回避に手を尽くすことができているのだろうか?

◎   ◎
浅くまどろんでいると、ふと、大浴場の窓から見えた軍艦島が瞼に浮かんだ。「うん、待てよ・・・」。

軍艦島は巨大な海底炭田で日本の産業革命に貢献した。ただ、いいことづくめではない。石炭に始まった世界各地での化石燃料の大量消費(=二酸化炭素大量排出)は、現在の地球温暖化の主要な原因となってきた。ひょっとして野母半島をきっかけに考えたことは、何か一本の線でつながっているのではないか??

恐竜のいた時代、マンモスが跋扈(ばっこ)した時代、太古の巨大樹木が石炭の元となった時代。そして地下資源(太古からの蓄積)を使いながら、(温泉も含めて)日常生活を送る私たち人間の時代・・・そう、地下と私たちは長い長い時間軸の中で、ものの見事につながっている。

そして、決して忘れてはならないことがある。地下資源は日常生活と多くの命を一瞬にして奪う、あのおぞましい兵器にも利用された。長崎、広島に投下された原爆の材料は、元をたどればアフリカなどの鉱山から採ったウランだった。さらにさかのぼると、宇宙のチリが集まって46億年前に地球が誕生した時、チリの中のウランが地球に留まることになったとされる。

良くも悪しくも、あるいは意識しようがしまいが、分厚い地下にある地球や生物の長い歴史を、私たちは踏みしめながら生きている。宇宙のチリと核時代をつなぐウランもその例外ではない。「核時代になって私たちが得た逆説的な教訓の一つは、比類ない力を手にした瞬間、(ヒトが)生存していけるかどうかについての難題を解決できるのは、人間の心(minds in men)でしかないと思い知らされたことである」とのキッシンジャー博士の慧眼が、改めて胸に突き刺さる。でも一体、解に導いてくれる「人間の心」とは何なのだろうか。

簡単には答えにたどりつけそうにない。それでも野母半島の温泉のおかげで、自分なりに太古との対話、自問自答の駒が進んだ。思い返せば、何ともいい湯だった。 

1 Henry A. Kissinger, Nuclear Weapons and Foreign Policy, Westview Press, 1984. P406.

2 以下を参照。吉田文彦「恐竜時代 気候変動を見逃すと…」朝日新聞夕刊、1990年5月9日付